6年前のあの日は何をしていたのか

あの日、私はいつものその日のようにいかなごを炊いてました。

今年は解禁日が遅く、まだ1キロ3000円もする!ので、今年はまだ全然手を付けてませんが、あの日は3キロ買って炊いてました。

いかなごは買ったらすぐに炊かないといけないので、3キロを次々と炊き始めてました。

と、父親が、

「今地震あったか?」

と言うんです。

ちょうどこの頃、くしゃみが出だして、

「あ、花粉症きたかな、やばいかな」

と思ってた時だったので、もしも多少の地震があっても気づいてなかったと思います。

そしたら父親が、

「店の殺虫器の線が揺れてる」

と言うんです。

それでも私は全然何も気づいてなくて、テレビを見たらどうやらどこかで地震らしい。

そう言ってるうちに携帯が鳴り、出たらクマ旦那さんから。

「地震大丈夫!」

クマ旦那さんはその頃仕事で大阪まで通ってて、ビルの上階のあたりで仕事をしていたらものすごく揺れたらしいのです。

とりあず無事と分かったのでほっとして仕事に戻ったんですが、そうこうしてうちにテレビの映像がもうどうしようもなくすごい映像になってきました。

最初は規模が全然分からなかったんですよね。

「あれ、あの水で流されてるの、ひょっとして車?」

そう気づいて言葉を失いました。

そしてその後、花粉症の発作で苦しみながら、なんとかいかなごを炊き上げ(結構潰れてしまった・・・)、夕方から耳鼻科に飛び込んだんですが、ものすごく混んでて、しかもアレルギーの検査の採血がうまくいかず小一時間かかったもので、実家に戻ったのはもう9時近くなってました。

その間、子供向けのアニメがずっとかかっていたので地震のことは何も分からず。
頭もぼーっとして、正直、実際に自分の身に起きてないと遠い世界のことのようでした。

ただ、栃木のクマ旦那さんの郷や、関東にいる友人と連絡が取れず心配でした。
無事が分かった時はうれしかったなあ・・・

人間というのは勝手なものです。
頭では分かってるんですよ、どれだけすごいことが起こったのか。
でも、自分に親しい人から順番に無事が分かったら、なんと言うか何かがはがれていくんですね。
本当に薄皮一枚、自分の皮膚なのか、それとも隣に座ってる人の皮膚なのか、本当にそのぐらいの違いですが。

悲しいとか怖いとか、自分も阪神淡路も経験してますし、分かってるのに、少しはがれてほっとする。
薄情なもんだな、と思います。

6年経って今年はその時に亡くなった方達の七回忌。
そして阪神淡路からは二十三回忌です。

今も自分の皮膚として痛みや悲しみを感じ続けている人がいる。
そのことだけは理解できています。
それだけは本当です。
これだけは頭じゃなくて心で分かっていますから。

少しでも、ほんの少しずつだけでも、今も痛みを感じている方達に笑える時間が増えますように。
そう思うことしかできません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)