ひよこ奥さん のすべての投稿

冬眠準備?(笑)

少し前からちょっとだけ風邪気味でした。

と言っても、寝込むほどじゃないし、友人と遊びにも出かけられましたし、家事もできてます。

ただ、隙があったら寝てしまう。
座ってテレビ見てたらうとうと・・・パソコン見ててもうとうと・・・

「疲れがたまってるんでしょ、休みなさい」

と、クマ旦那さんにも父親にも友人にも言われました。

そして昨日の夜、

「どうしても眠い、ちょっとだけ横になる・・・」

そう言って、お風呂にも入らず、多分9時頃にちょっとお布団に入ったら、目が覚めたのはもう12時でした。

そこから起きて歯磨きしたり寝間着に着替えたりして、今度は1時過ぎぐらいに寝たのかなあ。

「変な寝方したから寝られないかも」

と思ったのに、すぐに寝て、次に目が覚めたら7時でした。

毎朝7時に父親に一日始めの定時連絡をします。
今日も電話したら、父親が時間を間違えててすぐに出なくてちょっと心配しました。
どうも時計が狂ってたらしい。
電池がないのかも知れないな。

つながって安心して、

「起きて洗濯しないと・・・」

と、思ったまま寝てしまい、今度目が覚めたのは9時でした!

よくこれだけ寝られるなあ、と自分でも感心します(笑)

少し前から「睡眠負債」という言葉があり、知らないうちに睡眠不足がたまっているとありましたが、少しは心当たりがあります。
今日で少しは借金が返せたかしら?
そして今夜も早く寝よう、と思いました。

あったかボード

今日も朝から寒かったです。
お昼からはちょっとお天気も悪くなり、かなり早い時間から外が暗くなった気がします。

私が今こうしてパソコンを使ってる席なんですが、窓際です。
床暖房があるので足元から温かいんですが、寒い日、風がある日は窓の方からの冷気が結構きます。

実はうちの窓のカーテン、ちょっと寸足らずです。
なので余計そこから冷たい空気が入ってくるんですね。

それで写真のようなものを買ってみました。

「窓際あったかボード」

発泡素材、かな?
それを置くだけなんですが、冷気を遮断してくれたら温かいかも。

期待してます!

心配性のクマ旦那さん

今夜は友人と遊びに行きます。

そしたらもう昨日から、クマ旦那さんがあたふた(笑)

「大丈夫?体調悪くない?」
「一人で大丈夫?(友人と一緒だ)」
「クマ旦那さんがいなくても大丈夫?」

と、過保護っぷりを露呈しております(笑)

「駅ではあまり線路側に出ないこと!」
「信号が青だからってどんな車が出てくるか分からないから注意すること!」

えっと、私は幼稚園児ですか?(笑)

気持ちは分かります。
私も心配性だから、帰ってくるまで心配します。
帰ってきたらほっとします。
特に、あまり遠出しない私が友人と大阪行くとなったら心配性クマさんの心配性スキルはマックス発動するの分かってますし(笑)

いつもいつも心配する方が多い私ですが、たまにはこうして心配してもらうのも悪くないですね。
十分楽しみ、元気で帰ってこようと思います。

だから、一人でご飯食べておいてね?(笑)

広島浅野家 ~ひよこの聞きがたり(36)

今日は赤穂浪士の討ち入りの日です。

我が家では昔からずっと、この日は「討ち入りそば」を食べることになってます。
特に意味はなく、「メニューを考えなくていいから」ですが(笑)
丑の日にうなぎ、冬至にカボチャを食べるのと同じですね。

ただ、直接の関係は全くないんですが、少しだけ、ちょこっと思うことがあります。

赤穂浪士の討ち入りの原因になったのは、江戸城松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかったことです。
日本人の大部分が知ってるお話ですよね。

その浅野内匠頭の赤穂藩、その本家が広島の浅野家なんです。
私の母方のご先祖は、その浅野家の家臣でした。
何回か、そのことを母から聞いたことがありました。

でもまあ、家臣ですから、やっぱり全然関係はありません(笑)

ただ、浅野内匠頭の弟、浅野大学という方が、赤穂の浅野家がお取り潰しになった後で「広島浅野宗家にお預け」になってるんですよね。

「うちのご先祖様はひょっとしたら大学さんを遠くからでも見たのかなあ」

その程度のことを考えたりしたことはあります。

歴史って本当に面白いです。
自分が生まれるずっとずっと前の、全く想像もつかない昔のことでも、そういうところでちょこっと引っかかったりして、また興味を持てたりしますから。
ほとんど何も知らないご先祖様ですが、その人がひょっとしたら、遠くからでも見たのかな?話をしたことあるのかな?と考えるだけで、なんだかドキドキしてしまいます(笑)

もう一つの「南の哀愁」 ~ひよこの聞き語り(35)

うちの母方の女連中、一度は宝塚歌劇の洗礼を受けます(笑)

私も小学校から高校まで、毎月のように全部の公演を観に行ってました。
母と妹と3人だったり、いとこと妹と3人だったり妹と2人だったり。
連れは色々ですが、本当に好きだったなあ。

今は、時々思い出したように行ってます。
一度見ると「また行きたいなあ」と思うんですが、今は、毎公演行くほど、ではありませんね。
好きなんですが、きりがない(笑)

母もやはり子供の頃から宝塚をずっと観て育ってきてるんですが、戦後、まだ広島にいる頃に、多分祖父からでしょうね、再開した宝塚のプログラムを送ってもらい、演劇部か何かでお芝居をやったりもしてたようです。

その演目が「南の哀愁」です。
宝塚の有名な作品の一つで、今までに何回も何回も再演されています。
調べてみたら初演は昭和22年なので、時代的に、多分、その初演の時のプログラムを送ってもらったと思います。

今は違いますが、以前は宝塚のプログラムには脚本が全部掲載されてました。
その脚本を元にして、文化祭か何かでミュージカルをやったそうです。

お芝居のストーリーやセリフは脚本があれば分かるんですが、問題は歌の部分です。
楽譜も、私が観に行ってた頃は売ってたんですが、今はないみたいですね。
というか、脚本や歌集はまた別の本として出しているそうです。
買ったことはありませんが。

当時すでに歌集を売っていたのかどうか分かりませんが、母の手元に届いたのは脚本だけだったので、曲は音楽の先生に作ってもらうことになりました。

「だから南の哀愁に2つの音楽がある」

と、母が自分達の「南の哀愁」の歌も歌ってくれてたので、私にも2つの「南の哀愁」があります。

オリジナルの宝塚の方は、

「み~なみの~しま~、み~わくのしま~、さ~よ~うる~わし~、わ~が~た~ひち~」

みたいな音楽ですが、母達のは、

「みなみのしぃま~~~、みわくのしぃま~」

みたいな感じ。

とても全部は覚えてませんが、今でも「南の哀愁」と聞くと2つの音楽が浮かびます。

どんなだったのかなあ。
もしもタイムマシンがあったなら、母達の「南の哀愁」をこっそり観に行きたいものだ、と思ってます(笑)