わたくしタケヨともうします ~ひよこの聞きがたり(29)

前回話した母の一番上の15歳年上の姉である伯母さんですが、戦争未亡人です。

大正生まれなんですが、どうも夫とは恋愛結婚だった、のかな。
旦那さんはとっても素敵な方で、ライバルがいたのに自分が勝って結婚した、と母に聞いたことあります。

ただ、

「結婚はしたものの、旦那さんはすぐに軍属で戦地に行き、ほとんど一緒に住んだことがないから本当に勝ったのかどうか」

とも母は言ってました。

伯母さんは母の兄弟姉妹の中でちょっとだけ毛色の違う人でした。

多分、祖父母の一番上の子供として生まれ、次の伯父さんが生まれるまでの間の7年を一人っ子のお嬢さんとして大事に育てられてたからなのかな。
さびしがりのちょっとわがまま、それで素直でないので、兄弟姉妹や他の人ともぶつかってりして、そこそこトラブルメーカー的な部分もあったようです。

母と親子ほど離れているせいか、私が物心ついた頃はもうそんな感じじゃなかったですけどね。
ひょっとしたら、長い間病気をしていたこともあるかも。

とにかく、後に夫になった方のことが大好きで大好きで、結婚する前だったか後だったか分かりませんが、まだ小さかったうちの母や下の叔父さんに、

「○○さん、お元気ですか」

と、手紙を何通も書かせていたりもしたようです。

その方を、結婚が決まったからかなあ、大阪の親戚の方に紹介した時のことを、母達から何回か聞きました。
そのおかげでその親戚の方とどういう関係で、なんていう名前の方かを忘れられなくなったんですが(笑)

その方は「タケヨさん」という名前で、母達の「ふたいとこ」にあたる女性です。
親戚の話は色々聞いても、名前と関係性をはっきり覚えてるのはこの方ぐらいかなあ。

ある時、その「タケヨさん」に伯母さんの結婚相手を紹介することになったんですが、伯母さんがものすごく緊張してしまい、

「こ、こ、こ、この人ね、わ、私の、お、お父さんの、い、い、いとこの、子供ですねーん!」

みたいに紹介してしまったのだとか(笑)

大好きな婚約者(まだ多分結婚してなかったと思うので)にこんな風に言ってしまったからか、その後で照れ隠しみたいに、

「あはは、あははははー」

と、また大きな声で笑ってしまった伯母さん、ちょっとかわいい(笑)

そうしたら、今度は紹介された「タケヨさん」が、まるでお茶かお花か小笠原流の師範でもあるかのように、

「わたくし、タケヨと申します・・・」

と、三指を突いて、非常に丁寧に上品に自己紹介して、2人の対比がそりゃもう・・・(笑)

そのことを、母の上の伯母さんと母と叔父さんの3人で、何かの替え歌なのかな、こんな風にして笑って伯母さんの前で歌ったりしてたんだそうです。

「わたくしタケヨともうします~おと~うさん、おと~うさんの、いとこのこどもでございます~わははのわははのわははのは~」

ちょっと確実にしっかり覚えてませんが、なんかこんな感じ(笑)

その2番か進化系か分かりませんが、アレンジもあって、

「この人、このやつ、わたくしの、おと~さん、おと~さん・・・」

みたいなのもありました(笑)

ちびども3人が前でこの歌を歌うと本気で怒ってたそうですが、想像すると笑ってしまう(笑)

ただ、それほどの大恋愛だったのに、結婚しても上に書いたようにほとんど一緒に住んでいなくて、生まれた娘も赤ちゃんのうちに一度お父さんに抱っこしてもらっただけで、ボルネオで亡くなったそうです。

最後までさびしがりで、甘えたで、愛すべき伯母さんでした。
長女なのに、兄弟姉妹みんながこの伯母さんの保護者みたいに私には見えてました。
今はあちらで大好きな伯父さんと仲良くできてたらいいな、としか。

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