朝ドラを毎日楽しみに見ています。
特に今回は神戸の、しかもファミリアの創設者がモデルのお話ということで、わくわくして見始めました。
ドラマとしての展開は、まあそこそこ、ですか。
史実とフィクションを取り混ぜて、「なるほど、ここがこうなってるのか」「よく考えてあるなあ」と感心するところもあれば「そういうこと書く必要あるのかなあ」と思うところもある、という感じです。
ただ、どうしても気になるのが「神戸感」がないのが相変わらずというところです。
一番気になるのはやはり「神戸弁」です。
神戸が舞台のドラマって、よく大阪弁でやられてて、見てるとイライラしてしまうことも多いです。
それよりは標準語っぽい今回の関西弁、まだましかなと思うのは思うんですが、どうして神戸弁にしてくれないのか、とかなり残念です。
初期の頃は、主人公のすみれとその友人達、どの人もいわゆる「ええとこの子」で、多少そういうおうちの方は言葉が違ってもしょうがないのかも、と思って見ていました。
元町の住人の方たちも、そこまでたくさんセリフもなかったですしね。
ところが、年が明けて一気に10年も年数が経ち、子供世代の周囲にはそのへんのお兄ちゃんお姉ちゃんみたいな人も増えたのに、やっぱり神戸弁の人が一人もいない。
ジャズ喫茶に集まる人達、どうみても上流社会の人じゃないですよね、だったら庶民の神戸弁でしゃべってもいいようなものなのに。
「神戸弁の一番の特徴」はやっぱり「~とう」です。
語尾の「してる」が「しとう」になるだけで、どれだけ神戸らしいか。
多分一回も欠かさずに見てますが、一度だけ、明美さんが「知っとう?」と言ったことがあるだけです。
今朝もすみれがナイトクラブで遊んでいる娘、さくらに対して「何をしてるの!」って・・・
「何しとうの!」か「何しとんの!」って言うの、そんなにむずかしいんでしょうか?
元々が関西弁じゃない方がたくさん出演してらっしゃるのなら、方言指導で「~とう」ってするぐらい、同じ手間じゃないかと思うんですよね。
少し気になったので、神戸近郊の友人に「~とうって使う?」と聞いてみたところ西宮や宝塚あたりまでの人が「使っている」「使うだろう」とのことでした。
西は、播州弁が強くなるので明石、加古川あたりからは使わないかも知れませんが、阪神間は使うところが多いと思います。
「方言指導」の方がちゃんとついてるのに、どうしてそういう特徴的な言葉を使わないのか、そのあたりだけがやっぱり気になります。