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双子の日

初めて知ったんですが、今日は「双子の日」だそうです。
2月5日の語呂合わせなんですね、思いもつかなかった。

実は、私は双子が好きです。
いわゆるフェチとまでは言いませんが、子供頃から双子にとっても憧れていました。

どうして好きなのか覚えてはいないんですが、かなり子供の頃からもう双子が好きだった記憶はあります。
自分の星座が双子座だと知った時、すごくうれしくて興奮したのを覚えています。

子供の頃に読んだお話に双子の兄弟が出てきていて、不思議なつながり、例えば1人がケガをするともう1人も同じ場所が痛くなる、みたいなことが衝撃だったのかなあ。
幼稚園ぐらいに何かの雑誌でエンディングは確か怖かったはずなんですが、そういうマンガを読んだような記憶もあります。
なのでおそらく幼稚園ぐらいから双子好きでした。

小学校2年生の時、同じクラスの男の子の双子のお姉さんが他のクラスにいると聞いて、すごくドキドキしたのを覚えています。
ただ、申し訳ないんですが、男女の双子なのにあまりに似すぎていて、しかも男の子はサザエさんのカツオみたいな子だったんですが、お姉さんもカツオに三つ編みをつけたような男の子みたいな子だったのでがっかりしてごめんなさい(笑)
本当に失礼ですよね、もう一度ごめんなさい。

ずっと双子の子供がほしいと思ってたものの、双子どころか1人も恵まれなかったんですが、クマ旦那さんは、

「自分達の実子でなくてもいいじゃない、自分で産んだら双子ができるとは限らないけど、養子だったら双子の女の子をもらえばいい」

と言ってくれたんですが、今のところ運命の双子ちゃんには巡り会えていません。

自分が双子だったらなあと思ったこともありますが、どういう感じなんでしょうねえ。
やっぱり永遠に憧れの存在かも知れません、双子さん。

豆まきしますか?

私はします。

今日も実家の店から出て家の裏側から玄関に戻り、店の前から、そして階段を降りた倉庫の方に向かって、あまりたくさん投げてもあれですので、数粒ずつ投げてきました。

「鬼は外、服は内」

それぞれ1回ずつぐらい言いながら投げて周り、店から入って実家は完了。

今日はちょっと恥ずかしかった。
というのがですね、倉庫に向かって投げようとしたら、倉庫前ぐらいに車を停めてお客さんが上がってこられたから。

暗かったからあまりよく見えてないかも知れませんが、いい年をしたおばちゃんが、炒った大豆を入れた容器を持って今まさに投げようとしたところとかち合って、あちらもびっくりされたことと思います(笑)

マンションへは帰ってから、廊下に残らないように建物の外に向かって数粒、リビングからベランダ越しに駐車場に向かって数粒、それからサブバルコニーからやはり駐車場に向かって数粒。
マンションこそ、あまりたくさん巻いたら迷惑になりますから、控えめに控えめに。

こういう行事ってやってらっしゃる方、どのぐらいいらっしゃるのかなあ?
お正月明けの「どんど焼き」も今はほとんどやってらっしゃらないようです。
地域によっては「燃やすのは禁止」なところもあるそうで。

先日、配達に行ったらお客さんの家がお飾りを燃やした灰を玄関に盛ってらっしゃって、うれしくてその話をしてました。
「お父さんが信心深くて」とおっしゃったので「私もやってます」と。

豆まきは子供さんがいらっしゃったらやるのかな?
家の中で巻いて拾うんでしょうかね?
どうなさってるのかなあ、皆さん。

民放一斉同時放送

今日の夕方、いつも見ている毎日放送の「ミント」を見ていて、

「あれ、今日はこのコーナーちょっと早くない?」

と思いました。

私はテレビっ子ですが、それなりに忙しいので「見る」と言うよりは「聞く」という方が近い形でテレビを見てます。
毎日同じ番組を見ているので時計代わりでもありますね。

それが少し早い気がする。
どうしてかと見ていたら、いつも19時までやっている「ミント」が18時40分で終わろうとしている。

「あれ、何があるの?」

見ていたら、

「民放一斉同時放送」

という番組が始まりました。

なんでも東京オリンピックのためにそういう企画があるそうです。
へえ、そう言えば宣伝してた気がするなあ。

それで思い出したんですが、昔は「ゆく年くる年」がNHKのと民放のと分かれてたんですよね。
今はそれぞれのチャンネルで別の放送をやってますが、昔は2つでした。
そのことを思い出しました。

クマ旦那さんに言ったら、

「ええっ!」

と、びっくりしてたんですが、年の差で知らないのかと私の方がびっくりしましたさ(笑)

調べてみたら1988年まで民放がその形でやってたようです。
いつ終わったかとか全然覚えてなかったなあ。

子供の頃は民放のを見たかったのに親がNHKのを見るのが嫌だったなあ。
当時は録画機器もありませんでしたし、テレビも一家に一台だったのでそうなると見られませんでした。

大晦日は夕方から「レコード大賞」を見て、そこに出ている歌手が会場移動して「紅白歌合戦」に出るのを見て、それから「ゆく年くる年」でした。
いつの頃からだったかなあ、2階の客間に古いテレビを置いたので、NHKの「ゆく年くる年」を見てから2階に上がって民放の番組を見るようになりましたが、そういうわけで、当時の民放の「ゆく年くる年」についてはあまりよく覚えてません。

今日のは20分の番組で、しかも途中まで見てお風呂に入ってしまったんですが、オリンピックまでにまた何回かやるんだろうか。
なんとなく懐かしく感じながらちらっと見たという話です。

思えば長く

今日、父親とある人から来た年賀状について話をしていました。

「K君が年賀状に初めてのオフ会からもう20年って書いてた」

私がネットを始めたのは2000年5月です。
それからほどなく、あるゲーム関係のサイトでK君(本当はもっと違う呼び名ですがとりあえずこれで)の妹さんと知り合いました。

当時、私はもう「ええおばちゃん」だったんですが、そのMさんと話があって掲示板とかで交流する仲になりました。
それからまたほどなく、今度はこのMさんと兄のK君がやっているサイトに、本当に偶然たどり着き、それから今までのつきあいとなります。

当時Mさんは中学生、兄のK君は大学生でした。
その2人のサイトに趣味の合う人達が集まり、さらに違う方向にも知り合いが増え、気づけば当時知り合った「腐れ縁」の人達との付き合いは20年になるようです。

びっくりしたー!(笑)

ネットは日本中、世界中の人と知り合える場だというのに、なぜかそこで兵庫県とその近辺の人達が集まってしまったんです。
それから毎月のように集まるようになり、お互いの家にも行き来し、学生だった人は卒業して社会人になって結婚して子供もできたりして、それでもまだなんとなく付き合いは続いてます。

当時はどこに言っても不思議な顔して、

「何の集まり?」

って聞かれてたなあ(笑)

その後、他にも違う方向の友人知人がまた増え、付き合いが切れる人もいて、それでも続く人は続き、気づけば本当に日本中に性別も年齢も仕事も環境も違うお友達が増えました。
ネットを始めた当時はそんな風になるとは思わなかったなあ。

思えば、私達ってネットが広がる世界と一緒に環境が変わってきてるんですよね。
当時は趣味のサイトとかで交流してたのがブログ主体になりSNS主体になり、パソコンからスマホへとハードも変わっていってます。

次の20年はどんな風に変わるのかなあ。
できれば、楽しい方向に進んでいってほしいものです。

満月!

今日は「十日えびす」の日、私も朝のうちにクマ旦那さんと「えべっさん」に行って福を受けてきました。

その前も後も色々と忙しく、今日は一日バタバタで疲れた・・・
夕方になり、父親とご飯を食べて帰宅する時間にはもうすっかりぐったりでした。

帰る前に実家の郵便受けを見に行って、ふと実家前の池の上を見てみたら、

「うわあ、まん丸、すごい満月!」

ね、本当にまん丸でしょ?
しかも空気が澄んでたのかきれいに浮き上がって見えてました。
私の腕ではこの程度ですが、あまりにきれいだったので皆さんにも見てほしくてアップします。

月の光から力をもらったようで、なんだか元気になれた気がします。
「えべっさん」の福と月からのパワーをもらえて明日からもまたがんばれそうです。