「自然」カテゴリーアーカイブ

暑い?寒い?

私はほぼ毎日実家に行ってるんですが、このところ、実家に行くと決まったように父親とこんな会話になります。

「今日は暑いか?寒いか?」
「分からへん~」

本当に毎日(笑)

今日はいいお天気でした。
天気予報を聞いたら雨っぽかったので、お彼岸のお墓掃除を金曜日にしたんですが、今日行っておけばよかったと思ったぐらいです。

それでもなんだか寒そうでコートを持って家を出て、仕事の関係で問屋さんに寄ってからまずは実家へ。
本当は買い物してから行く予定だったんですが、コースが変わったので後にしました。

車に乗ったら太陽の暑さでコートがいらなくなりました。
逆に車に乗って走ってたら冷房を入れたいぐらい、いや、午後から買い物に走ってる時には実際に入れました。

外に出るとおひさまが照ってる時は暑い。
でも風が吹くとかなり寒い。
部屋にいると足元が寒い。
暖房を入れると暑いが消すと寒い。

こんな毎日が続いているので、父親と冒頭のような会話になるわけですね(笑)

明日は雨らしいですが、明日からは温かくなるとか。
本当に暑さ寒さも彼岸まで、になるでしょうか?

初日で最後かも知れないいかなご

関西以外ではどのぐらいニュースで取り上げられてるのか分かりませんが、年々いかなご漁が不漁になってます。

昨年は大阪湾はたった3日しか漁がなかったんですが、今年はなんと2日で終了です。
瀬戸内海は29日解禁で少しは上がっているようですが、初日の土曜日は「魚影がない」と漁自体がほとんどなく、その後も昨年の3割ぐらいしかないとの話です。

月曜日、父のお友達が来て教えてくれたんですが、大手スーパーの魚売り場では1キロなんと6900円だったって!
税抜きか税込みか分かりませんが、そんなん買われへん・・・

火曜日もほぼなくて、魚の棚では1キロ4500円や5000円、しかもイワシの子であるシラスがいっぱい混じってるとか。
昨日の昼網ぐらいからシラスが混ざらないのが上がったと聞きましたが、私が買い物に行った時間にはもちろんもうありませんでした。

今日は朝のうちに確定申告の相談にちょっと離れたところまで行かなくてはいけなくて諦めてました。

色々見てもらって帰り道、時々寄る業務用スーパーにお昼頃に着き買い物をしました。

そうしたら、

「明日はいかなご漁はありません、買うなら今日」

と張り紙があって、売り場を見たんですが空っぽ。

やっぱり売れてしまったんだなあと思って貼ってある値段だけ見たら「2980円」だったと思います。
一応入るか聞いてみたんですが分からないと言うことで、諦めて買い物をしてました。

買い物を終えて帰ろうと思った頃、魚売り場で男性が何かやっていて、見てみたらさっきの張り紙が、

「2580円+税」

に!

「あれ、もしかして入るのか?」

聞いてみたら、

「今入ったよ」

って!

1人いくら買えるのか聞いたら制限なしということで、6キロ買いました。
びっくりしたー!

話によると明日は漁をやめていつまでやるか決めるそうです。
もしかすると今日がラストかも、らしい。

実家に戻って他の用事や仕事を済ませてから急いで6キロ炊いたんですが、何も準備してなかったので結構大変でした。
でも炊けて満足(笑)

こんな年は本当に初めてです。
でも炊けてよかった。
早く昔みたいにたくさん炊けるようにいかなごいっぱいの海になればいいなあ。

25年目の朝

時間が経ち、私にはあの時の地震で失った物がほとんどなかったこともあり、今日という日が来てもあまり話題にはしないようにしていました。

正直、当時余命わずかだった伯母の方が大事でした。
なので家族や親族が無事だと分かった途端、私の中では地震より伯母の方に比重が移ってしまったと思います。

それでも思い出します。

地震が起き、家族の無事が分かるまでの数時間、あの時のなんとも言えない気持ち。

伯母と2人だけで生き残ったのだとしたら、近々私は一人になってしまうのかも知れないと思ったあの時の気持ち。

そんな不安をできるだけ口には出さないようにしてたつもりなのに、何かあると伯母が「ごめんな、おばちゃんがおらんかったらあんた家に帰れるのに、ごめんな」と私に謝り、それも本心であるために伯母に対する罪悪感と、家族の無事を確かめに帰りたい気持ちの間で辛かったこと。

家族の無事が分かってお互いにほっとしたこと。

そしてその時、電話がつながった時の母の第一声が「あんた、おばちゃんに助けてもろた」だったこと。

もしも自分の部屋で寝ていたら、地震のことなど考えずに積みに積んでいた家具や本やアルバム、オーディオ、そんなものにつぶされて少なくとも大ケガする、いや多分命を落としていただろうことを知った時のぞっとした気持ち。

何より一番不思議だったのは、一気に数えきれない人が亡くなったのに、私の中で一番死に近かった伯母がまだそばにいて、命の期限など考えたこともなかった人がいなくなっているという事実。

人間っていうのは、みんな同じだけ死に近いものなんだと実感したはずなのに、気がつけばそんなことすっかり忘れてしまってます。

もう25年だけど、今日が来るとやっぱり一気に当時の気持ちに戻ります。
時間の長さなんて関係ないんだなと思います。
それでも普段はすっかり忘れてしまってます。

少なくとも今日だけでも、やっぱり思い出さないといけませんね。
忘れてはないんですが人間って自分と距離がある痛みであるほど薄れて感じてしまいます。
本当に紙一重で運よく助かっただけ、そのことを肝に銘じて生きていこうとあらためて思いました。

日本に住んでる限り地震と縁がない生活はできません。
いつか来るかも知れない日を忘れない、それに備えていざという時にできるだけのことをする、それしかできないけど、それすらできないようになってはいけない。
あの日のことを無駄にしないためにも、深く心に刻もうともう一度思いました。

まんまるおつきさま

昨夜は満月でした。

今は日が落ちるのが早く、実家から帰る時間にはもう暗くなってきています。

帰る時、実家の前の池の上にまんまるなお月さまが出ていました。
そういや今日は満月やったなあ、と思いながら車を出し、右折して県道を南下、次の信号で左折すると、一度は左に廻ったお月さまがまた正面に戻ってきます。

本当にきれいなお月さまでした。
スーパームーンではないけれど、空気が冷えてきた分澄んだのか、白く丸さが分かるお月さま、きれいだなと思いながら車を走らせました。

次の信号を過ぎるとやや道が南にカーブしているので、また左側にお月さまが廻ります。
そしてその次の信号を私は右折しますが、その頃には建物に隠れて姿が見えなくなってしまう。

マンションに着いたら、もうすっかり建物の影、どこにいるのかも分かりませんでした。
それでも、白く浮き上がるお月さまを思い出し、本当にきれいだったなあとうれしくなってしまった。

これから寒さが厳しくなるけど、空の星や月を見上げるにはいい季節にもなりますね。
今は、ほとんど空を見上げることがなくなってしまったけど、たまには足を止めて、星座盤でも持って空を見上げてみようかなあ。

千葉は大丈夫なんだろうか・・・

今日は午後からお寺さんの法要があって行ってきました。

法要自体はスムーズに終了し、満足して実家へ。
着いたのは4時過ぎだったと思います。

父親に法要の時の話をしながらテレビをつけてびっくり!

「避難勧告」

そんな文字が画面の上のバシッと出て、画面の映像もなんだか表みたいなものが映ってる。

「何これ、どうしたん」

びっくりして見ていたら、あっちこっちの市町村で「避難勧告」が出ていて、その一覧表をテレビで流し、避難を促していたようです。

あんな画面、震災の時以来な気がします。
阪神淡路の時も色々な情報があんな感じで並んでました。
東日本の時もそうだったかも知れないけど、自分の身の上にかかってきたことなので、阪神淡路の時のことの方が強く記憶に残ってます。

台風は行ってしまったのに、また関東周辺で色々な勧告だの指示だのが出ています。
本当にどうなってるの・・・

特に千葉です。
千葉にはお知り合いも親戚もいます。
いや、いなくても心配は心配なんですが、知人がいると人間って勝手なもので、ぐっと身近に感じるんです。

どうかどうか、もうこれ以上のことは勘弁してください。
誰に言ったらいいのかも分からないけど、どうしてこうも続かないといけないのか。
特に千葉です、片付けるゆとりも時間もないままに、どんどんどんどん水の攻撃を受け続けてる気がします。

雨の影響を受けてる地域の方、特に千葉です、みなさまどうぞご無事で・・・
そして一日も早く復旧作業に専念できて、一日も早く普通の生活に戻れますようにと祈ってます。