「ひよこの聞き語り」カテゴリーアーカイブ

オスの三毛猫 ~ひよこの聞きがたり(37)

NHKのプレミアムで「岩合光昭の世界ネコ歩き・ミニ」という番組をやってます。

朝、起きたらテレビをつけて、というかあっちがタイマーでついてくれて起こしてくれて一日がスタートしてます(笑)
7時になって地上波からBSに替えたら、その流れで見る番組です。
毎週ずっとじゃなく、季節替わりみたいにやってるんですが、今日からはまたこれになりました。

その時に、

「オスの三毛猫」

の話題が出てきたんですが、それで思い出した話です。

「オスの三毛猫」って少ないんだそうですね。
どうしてか調べてみたら、三色の色のうち「オレンジ」の遺伝子がオスにはなく、出るのは「遺伝子異常」で出るから、だそうです。

染色体異常が原因ですから、「オスの三毛猫」が生まれるのは本当に少なく、さらに繁殖力があるオスはもっと貴重なんだとか。

そして「オスの三毛猫」は「航海の守り神」として大事にされます。
普通の三毛猫でもそうなのかな?
今朝のテレビでもそういう話をやってました。
港町で大事にされていると。

うちの母親が生まれ育ったのは神戸です。
神戸もやはり港町、坂の途中に発展した町からは、どこからでも海が見えるような感じです。

うちの母の生まれた家で飼ってた猫の「チイ」が「オスの三毛猫」を生む猫だったらしいのです。
それでそれを聞きつけた船乗りさんが「譲ってほしい」ということで、何度も譲ったのだとか。
何匹も産んだっていうことは、やはり染色体、遺伝子の関係なんでしょうね。

母の家の猫は代々「チイ」だったそうで、何代目の「チイ」かは分かりませんが、そういう子がいたんだそうです。

いつだったか、高松のおじさんと話をしてたら、

「猫の名前、なんやったかなあ」

と言うので、

「猫は代々チイでしょ」

と言ったら、

「よう知っとんなあ」

と笑ってましたが、おじさんによると、

「昔のことは○○(私です)に聞け」

らしいです(笑)

もう他に聞く人もほとんどいません。
私が伝え聞いたこと、やっぱりこうしてちょぼちょぼ書き残しておきましょう。
私も忘れてしまわないうちに。

広島浅野家 ~ひよこの聞きがたり(36)

今日は赤穂浪士の討ち入りの日です。

我が家では昔からずっと、この日は「討ち入りそば」を食べることになってます。
特に意味はなく、「メニューを考えなくていいから」ですが(笑)
丑の日にうなぎ、冬至にカボチャを食べるのと同じですね。

ただ、直接の関係は全くないんですが、少しだけ、ちょこっと思うことがあります。

赤穂浪士の討ち入りの原因になったのは、江戸城松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかったことです。
日本人の大部分が知ってるお話ですよね。

その浅野内匠頭の赤穂藩、その本家が広島の浅野家なんです。
私の母方のご先祖は、その浅野家の家臣でした。
何回か、そのことを母から聞いたことがありました。

でもまあ、家臣ですから、やっぱり全然関係はありません(笑)

ただ、浅野内匠頭の弟、浅野大学という方が、赤穂の浅野家がお取り潰しになった後で「広島浅野宗家にお預け」になってるんですよね。

「うちのご先祖様はひょっとしたら大学さんを遠くからでも見たのかなあ」

その程度のことを考えたりしたことはあります。

歴史って本当に面白いです。
自分が生まれるずっとずっと前の、全く想像もつかない昔のことでも、そういうところでちょこっと引っかかったりして、また興味を持てたりしますから。
ほとんど何も知らないご先祖様ですが、その人がひょっとしたら、遠くからでも見たのかな?話をしたことあるのかな?と考えるだけで、なんだかドキドキしてしまいます(笑)

もう一つの「南の哀愁」 ~ひよこの聞き語り(35)

うちの母方の女連中、一度は宝塚歌劇の洗礼を受けます(笑)

私も小学校から高校まで、毎月のように全部の公演を観に行ってました。
母と妹と3人だったり、いとこと妹と3人だったり妹と2人だったり。
連れは色々ですが、本当に好きだったなあ。

今は、時々思い出したように行ってます。
一度見ると「また行きたいなあ」と思うんですが、今は、毎公演行くほど、ではありませんね。
好きなんですが、きりがない(笑)

母もやはり子供の頃から宝塚をずっと観て育ってきてるんですが、戦後、まだ広島にいる頃に、多分祖父からでしょうね、再開した宝塚のプログラムを送ってもらい、演劇部か何かでお芝居をやったりもしてたようです。

その演目が「南の哀愁」です。
宝塚の有名な作品の一つで、今までに何回も何回も再演されています。
調べてみたら初演は昭和22年なので、時代的に、多分、その初演の時のプログラムを送ってもらったと思います。

今は違いますが、以前は宝塚のプログラムには脚本が全部掲載されてました。
その脚本を元にして、文化祭か何かでミュージカルをやったそうです。

お芝居のストーリーやセリフは脚本があれば分かるんですが、問題は歌の部分です。
楽譜も、私が観に行ってた頃は売ってたんですが、今はないみたいですね。
というか、脚本や歌集はまた別の本として出しているそうです。
買ったことはありませんが。

当時すでに歌集を売っていたのかどうか分かりませんが、母の手元に届いたのは脚本だけだったので、曲は音楽の先生に作ってもらうことになりました。

「だから南の哀愁に2つの音楽がある」

と、母が自分達の「南の哀愁」の歌も歌ってくれてたので、私にも2つの「南の哀愁」があります。

オリジナルの宝塚の方は、

「み~なみの~しま~、み~わくのしま~、さ~よ~うる~わし~、わ~が~た~ひち~」

みたいな音楽ですが、母達のは、

「みなみのしぃま~~~、みわくのしぃま~」

みたいな感じ。

とても全部は覚えてませんが、今でも「南の哀愁」と聞くと2つの音楽が浮かびます。

どんなだったのかなあ。
もしもタイムマシンがあったなら、母達の「南の哀愁」をこっそり観に行きたいものだ、と思ってます(笑)

下駄でタップダンス ~ひよこの聞き語り(34)

寒いですね、一気に1月末の気温だとか言われてますが、本当に寒くて堪えます。

外に出て寒くても、帰ってきて暖房を入れて「温かい家にいられてよかったなあ」と幸せです。
お風呂にも入ってほっこりしてさらに幸せ。
風邪っぴきですが、少しずつ治ってきて、これまた幸せです。

そういう小さい幸せを感じながら、ふと母方祖母のことを思い出しました。

祖母、小さい幸せを大事にする人だった、と私は思いました。

特に教育があるわけではない人ですし、何か信仰してたわけでもないですが、「分け与えるということを知ってた人」だと、私は色んな人の話を聞いて思いました。

今はもういなくなったと思いますが、昔は「おもらいさん」という人がよくいたようです。
まだ戦後間もない頃の話ですけどね。

そういう人が来ると、祖母は、自分の家もそうなんでもかんでもあるわけじゃないけど、とにかく食べ物だとか何か物、場合によってはお金もあったのかなあ、そういうのをあげていたようです。
自分は特に贅沢する人じゃないし、何かを欲しがる人でもなかったみたいですが、困った人をほっとけない人でもあったのかも。

一度そういう人にあげたら、やっぱりネットワークと言うんですかね、「あそこに行くと何かもらえる」と、ちょこちょことそういう人が尋ねてきていたとか。

そしてある年、祖父が死の床についてる時にもやっぱりそういう人が来たんですね。

祖母が玄関に出て行って、確か古い服か何かをあげたと聞いたように記憶してます。

そうしたら、その「おもらいさん」がすごく感謝して、

「返せるものがないから、せめてこれを」

と、玄関で、下駄を履いてタップダンスを始めたんだとか。

あれ、ひょっとしたら、その下駄をあげたんだったかな?
何しろ、身に付ける物だったように記憶してるんですが、そのへんが曖昧で・・・

とにかく、状態としては、部屋の中では祖父が亡くなる少し前です。

「もういいから」

と、祖母が返そうとするんですが、申し訳ないからと、しばらく踊ってから帰っていったそうです。

困っただろうなあ。
どういう気持だったかなあ。
おじいちゃんんの耳にもタップの音、聞こえただろうか?
おばあちゃんのこと、しょうがないな、と笑ったかなあ。

色んなことを考えてしまいます。
悲しい時のことですが、一応、ちょっと笑ってもいいんじゃないかな、と思います。
祖母の人柄が出てる話、と私は思ってます。

クビになった横綱第一号 ~ひよこの聞き語り(33)

今日も今日とてお相撲さんの暴力事件がテレビを賑わせています。

そのことで、父親ととあるお相撲さんの話になりました。

先日、クマ旦那さんが一緒だったので土曜日か日曜日のことだと思うんですが、

「不祥事で引退した横綱」

みたいなリストをテレビで作って出してました。

「その一番上が前田山で、ちょっと笑ってしまった」

と、父親に言ったのが始まりです。

実は、「前田山」という横綱だった人、父親のいなかの「郷土の英雄」です。
十数年前になりますが、いなかに帰った時も、地元のお菓子屋さんで「前田山の手形」を模した「はりて饅頭」というおまんじゅうをおみやげに買ったりもしました。

そうそう、その時にNHKの「鶴瓶の家族に乾杯」の写真も並んでたと父親に言われて思い出しました(笑)
そういやその回も「前田山のことやる」って見た記憶があります。

そんな感じで、ずっと前から話だけはいくつか聞いて知ってました。
今回は知らないことも父親から聞いたのと、自分でもちょっとネットで調べて「そんな人だったのか」と思うことがありましたので、そのことを。

以前から父親が言ってたのは、

「子供の頃から身体が大きい人だった」
「戦後国技館が焼けたりした時にいなかで練習をしていた」
「巡業?をさぼって野球を見に行って横綱を引退した」

そのぐらいかな。

それ以外に今回は、

「右の二の腕に大きな傷があったが、その傷が元で腕を切断するところを救ってもらったお医者さんの苗字をもらって前田山という名前にした」

という大きな話も聞きました。

ネットで調べたら色々たくさんあるんですが、あくまで私が聞いたことと、それにまつわることだけを書きたいと思います。
何しろ「聞き語り」ですから(笑)

さて、最初の「子供の頃から大きかった」の話なんですが、子供のエピソードなので、ちょっとあまりいい言葉じゃありません(笑)
なんですが、本当のことらしいので書きますね。

小学校3年の頃、もうすでに身体が大人ぐらい大きかったらしく、まだ若い女の先生に、

「先生、おしっこさせたろか!」

と、大人が小さい子供に用を立たせるような形で後ろから抱き上げたんだそうです。

そのぐらい身体が大きく力が強かったんですね。
調べてみたところ、巡業に来て身体が大きい子供を見つけた先代親方の目に留まってスカウトされたというのも納得のエピソードです。

その前田山の数年上に父親の一番上のおじさんがいたんですが、いくら身体が大きくてももっと大きい上級生にはかなわなかったらしく、おじさんは何度かいじめた?ことがあったとかも聞きました。
何しろいなかの小さい学校ですからね、全部顔見知りみたいな感じだったんじゃないでしょうか。

二つ目の「練習に来た」話ですが、これは父親が直接見てたことです。

小学校かどこかのグラウンドで、前田山は竹刀か何かを持って座ってて、練習でころがってきた弟弟子?に「しっかりせんか!」と竹刀で活を入れてたらしいです。
「郷土の英雄」ですから、子供だけじゃなく色んな人が見に行ってたんだろうなあ。

そして肝心の「野球を見に行ってクビになった」話ですが、これはもう、そのまま(笑)

「確か大リーグか何かを見に来てそれを写真に取られて新聞に載ったので引退しなくてはならなくなった」

と、ずっと聞いてました。

今回調べてみたら、本当に大リーグでした。
巨人と「サンフランシスコ・シールズ」というチームが試合をして、それを見に行ってクビになったので「シールズ事件」と呼ばれているそうです。

「何しろごんたくれやったらしいからそれぐらいするやろ」
「でも誰かをケガさせたり傷つけたわけちゃうから、まだましや」

と、父親は言ってますが、クビはクビですからねえ(笑)

それから今回初めて聞いた「腕を治してくれたお医者さんの名前をもらった」という話、これもありました。

「ケガからばい菌が入って腕を切り落とすしかないと言うたとこを、前田さんというお医者さんに治してもらい、その名前をもらった」

父親が言ってた通り、稽古中に「筋肉炎」という症状になったところに細菌感染し「骨髄炎」にまでなり、切断しないといけないといわれるほどの重症になったそうです。
それを慶応義塾大学病院の「前田和三郎」さんというお医者さんに治してもらい、感謝して「前田山」に改名した。

「じゃあ前の名前は?」

と、調べてみて、やっぱりちょっと笑いました。

最初が「喜木山」で後に「佐田岬」、これ、どちらも父の故郷の地名からです。
それを考えると知った名前で横綱になってほしかったですが、まあ仕方ない。
だって、腕を切断したらそれから先お相撲は取れなくて、そうしたら横綱にもなれず「故郷の英雄」にもなれませんでしたから。

そうだ、「故郷の英雄」で思い出した。

「ふるさと創生事業の1億円で小学校?に前田山の銅像建てた」

らしいです。

調べてみたら「前田山生誕100年記念に銅像掃除」とかは見つけたんですが「ふるさと創生事業で建てた」との記事は見つけられませんでした。

しかしネットは便利ですね。
今回初めて調べてみて、父親も「そうやったんか」ということがいっぱい並んでました。
父親は四股名しか知らなかったんですが、本名も分かったし。

前田山の本名は「萩森金松」というらしいです。
うちのいなかにある名前です。

父親も名前を聞いて「萩森と言うと、あそことあそこにあったなあ・・ほなあそこの家かなあ」というぐらい、小さいいなかの英雄ですね。

横綱としては残念な終わり方でしたが、その後高砂親方を継ぎ、大スターの高見山を育て上げたんですから、あっぱれな方です。

横綱という地位は今の形になったのは明治以降らしいです。
なので多分、「クビになった横綱第一号」になりますね(笑)

不名誉一号ですが、総合的に見てこう言っておきます。

「さすが父の故郷の英雄だ!」

と(笑)

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